外国人が気になる、現在のタイの経済・観光・不動産市場の状況(2025年)
GDP成長率
タイ経済はパンデミック後に緩やかに回復しています。2023年の実質GDP成長率は約2.0%にとどまりましたが、2024年には2.5%へとやや加速しました。もっとも2019年以前の成長ペースには及ばず、家計債務の高さや中国経済減速による輸出・観光への逆風もあり、近隣国に比べ出遅れ気味と指摘されています。政府は2025年の成長率を2.3~3.3%程度と見込み、デジタルマネー給付など景気刺激策で目標の3.5%成長を目指す方針です。
インフレ率
近年インフレは急速に沈静化しました。ウクライナ危機後の燃料高騰で2022年は6%台の物価上昇となりましたが、その反動もあり2023年平均の消費者物価上昇率は約1.2%に低下しました。2024年も食品エネルギー価格の落ち着きで物価上昇率は0%台にとどまり、年央には前年比マイナスとなる月も見られています。インフレが中銀目標(1~3%)を下回る中で政策金利は2023年後半に2.25%へ利下げされ、財政・金融両面から景気下支えが図られています。
雇用情勢
労働市場は観光再開に伴い概ね改善し、失業率は1%未満と世界的にも低水準です。2020年のロックダウン期に一時悪化した失業率も、2023年通年で0.98%まで低下し、2024年初頭には0.7~0.8%程度と完全雇用に近い状況が続いています。観光・サービス業の雇用が持ち直す一方、製造業では輸出不振により一部で雇用調整の動きもありますが、総じて労働需給は逼迫しています。
通貨(バーツ)の動向
タイバーツ相場は近年大きく変動しました。米利上げによるドル高で2022年にはバーツ安が進行しましたが、その後は観光復調やドル安局面で持ち直し、2023年末時点で1米ドル=約34.1バーツとなりました。Kasikorn調査では、米国の金融政策や中国元安の影響で2024年末に34.5バーツ、2025年末に35.5バーツ程度まで緩やかに下落するとの見通しが示されています。もっとも外部要因で変動しやすい局面が続いており、2025年5月には一時1ドル=約32.7バーツまで急騰する場面も見られました。強いバーツは輸出産業に逆風となるため、当局は市場介入を含めた安定化策を模索しています。
観光業の現状
外国人観光客全体の回復
タイの観光業は国家経済の柱であり、パンデミック後に急速に復調しつつあります。2023年の外国人入国者数は約2,388万人(11月時点)に達し、政府目標の2800万人に迫りました(2019年は約3980万人)。2024年には約3200万人規模(前年比+15%)まで回復したとの推計もあり、2025年には4000万人近い過去最高水準に迫る見通しです。主要マーケット別では中国とマレーシアからの旅行者が依然最大ですが、コロナ前比ではその構成に変化も見られます。
中国人観光客
中国はタイ最大の観光客源泉市場ですが、ゼロコロナ政策の影響で2020~2022年は壊滅的打撃を受けました。2019年に約1100万人いた中国人訪タイ客は、2023年は約352万人と政府目標(当初500万人→下方修正後440万人)を下回りました。背景には中国経済の減速による消費マインド低下や、2023年10月のバンコクでのショッピングモール銃乱射事件による安全懸念も指摘されています。タイ政府は観光立て直しの切り札として2023年9月~2024年2月に中国(及びカザフスタン)からの観光客に対しビザ免除措置を実施し、その後2024年3月からは中国とタイの相互間で恒久的なビザ相互免除に踏み切りました。これが奏功し2024年通年の中国人観光客数は約673万人と前年のほぼ2倍に急増しています。例えば2024年1月1日~3月12日の中国人入国者数は約140万人に達し、早くも前年通年(352万人)の40%に相当する規模となりました。ただしコロナ前と比べれば依然6割程度の水準であり、中国景気動向次第では回復ペースが左右される状況です。
日本人観光客
日本人の海外旅行需要は回復が遅れており、タイも例外ではありません。2019年に約180万人いた日本人訪タイ客は、2023年は約80.4万人にとどまりました。円安による旅行費用の割高感やコロナ後の渡航志向の変化が影響したとみられ、2023年は訪日タイ人(約99.5万人)が訪タイ日本人(約80万人)を上回る史上初の「観光客赤字」となりました。2024年は円安が一段と進行したものの若年層を中心にタイ旅行需要が徐々に戻りつつあり、政府観光庁(TAT)は同年の日本人訪タイ客数を当初目標87万人から100万人超に上方修正しました。これはコロナ前の55%程度ですが、2025年初頭までに「ほぼ正常化」すると楽観的な見通しも示されています。TAT東京事務所は円安で割高になったタイ旅行の費用対効果を訴求しつつ、タイBLドラマや音楽など「ソフトパワー」に関心が高い若年層(Z世代・ミレニアル世代)や、長期休暇を取れる母子旅行・女友達同士など特定ニーズ層を重点的に取り込むマーケティング戦略を展開する方針です。また、日タイ間の直行便増便も追い風となっており、航空路線はパンデミック前の70%まで回復しています(例:名古屋線新規就航や仙台線再開の計画)。日タイ間観光交流の均衡回復に向け、両国政府・業界が協力して取り組んでいます。
不動産市場の動向
外国人需要と供給
パンデミック後のタイ不動産市場では外国人購入ニーズが全体需要を下支えする構図が続いています。もっとも2023~2024年にかけて外国人バイヤーの国籍構成に変化が生じており、主要顧客だった中国人・ロシア人の需要が減退する一方、ミャンマーや台湾、インドなど他国からの投資が急増しています。最新データによると、2024年初9か月の外国人によるコンドミニアム購入件数は11,036件(前年比+3.1%)と微増でしたが、その内訳で中国人購入は前年比-14.3%減(取引額ベース-22.2%)と大きく縮小しました。中国政府による資金持ち出し規制の強化でタイへの送金・投資が難しくなっていることや、中国国内経済の不透明感から一部の中国人投資家がタイではなくマレーシアやシンガポールに資金を振り向け始めたことが背景にあります。一方でミャンマー人による購入は前年の約2.5倍(+146%)に急増し、安全資産としてタイ物件に資金避難する動きが鮮明です。台湾からの買いも+57%増と活発で、ビザなし渡航緩和による物件視察の容易さが追い風となりました。ロシア人についても2022年頃から南部リゾート物件を買い進めましたが、2023年以降は通貨ルーブル安や送金制限で勢いが鈍り、現在は中国人と同様に減少傾向です。このように外国人需要の多角化が進む中、デベロッパー各社もミャンマー・インド・中東など新たなマーケット開拓に注力しています。
価格の推移
住宅価格は概して緩やかな上昇基調を維持しています。建設資材費や地価の上昇を背景に、2024年の住宅価格指数は全国平均で一戸建て+2.55%(前年比)、タウンハウス+3.53%の上昇となり、インフレ調整後でも+1~2%台の実質上昇を示しました。ただ、バンコク首都圏の値上がりは全国平均を下回り、特にコンドミニアム価格は2024年後半に前年同期比+2.46%(第3四半期は+7.2%)と伸び悩みました。パンデミック前に中国人投資家らが買い支えたコンドミニアム市場は供給過剰感もあり、デベロッパーは完成在庫の消化を優先して当面大幅な値上げを見送る姿勢です。今後も土地代の上昇圧力は続くものの、専門家は2025年も住宅価格の上昇率は年+2~3%程度の緩慢なものになると予想しています(強気シナリオでも+5~7%程度)。
主要都市・観光地の動向
都市別では首都バンコク及びリゾート地プーケットの不動産価格が依然突出しています。例えば平均的な2ベッドルーム・コンドミニアムの売出価格(2024年末時点)はバンコク約30万3209ドル、プーケット約29万6134ドルと試算されており、高級志向の外国人に人気です。これに対しパタヤを擁するチョンブリ県では同タイプ平均約17万8311ドルと比較的割安で、立地志向より価格重視の外国人や首都圏からのセカンドホーム需要を取り込んでいます。もっとも地方市場は地元住民向け需要の冷え込みが深刻で、チョンブリ・ラヨーン・チャチュンサオの東部3県では2024年の住宅引渡し件数が前年比-6.7%減(4万8095件)、取引額も7.8%減の1200億バーツに落ち込みました。利上げや厳格化した住宅ローン審査でタイ人の購買力が低下し、2024年には価格帯300万バーツ以下の住宅は「販売ゼロ」が続出するなど低中所得層マーケットの停滞が顕著でした。このためパタヤ周辺でも開発業者は新規プロジェクト着工を抑制しており、2024年の同地域の宅地造成許可件数は前年比-32%減、コンドミニアム建築許可面積も-15%減少するなど供給サイドも調整局面に入っています。一方、ロシア人長期滞在者の急増したプーケットでは高級ヴィラ需要が堅調で価格上昇を牽引する動きも見られ、地域ごとの明暗が分かれています。
中国人・日本人投資家・移住者の減少と対応策
中国人投資家・移住者の動向
近年、中国人によるタイへの投資・長期滞在の動きに変化が生じています。かつてタイ不動産の最大顧客であった中国人投資家は、自国経済の低迷や政府による海外送金規制強化を受け資金移動が制約され始めました。加えて2023年初頭にバンコクで発生した中国人俳優誘拐事件(犯行グループは中国人)が中国国内でも大きく報道され、タイの治安に対する不安感が広がったことも中国人購買意欲を冷やす一因となりました。実際、中国人によるタイ国内不動産購入は2023年頃を境に減少傾向が続いており、前述の通り2024年には件数・金額とも前年より二桁減となっています。一方、中国人富裕層の中には米国からタイや豪州へ資産取得先を乗り換える動きもあり、物件価格500万ドル超の超高級住宅分野では2024年にタイが中国人の関心先ランキングで米国を抜き首位となったとの民間調査もあります。タイを「富裕層の豊かなライフスタイルが実現できる地」と評価し、子女のタイ留学や高齢両親の移住先としてバンコクやチェンマイに高級住宅を求めるケースも増えています。実際チェンマイでは過去10年で中国人が1000戸以上の住宅を購入し、街の一角が中国人コミュニティ化するなど存在感を増しています。ただしそうした中国人投資家の中には名義代理を立てて土地や戸建てを間接取得する「抜け道」に走る者もおり、土地所有を禁ずる外資規制の網を潜る動きが地元社会に懸念を与えている側面もあります。
日本人投資家・移住者の動向
日本人のタイにおける経済プレゼンスは企業進出を中心に依然大きいものの、個人レベルの移住・投資には頭打ち感も指摘されます。2023年時点で在タイ日本人数は約7万2308人とアジア有数の規模ですが、その多くは現地駐在員や長年定住する退職者コミュニティで占められており、新規の長期移住希望者は伸び悩んでいます。背景には近年の円安傾向でタイでの生活コスト負担が増したことがあります。タイバーツはこの10年で円に対し実質的に4~5割も上昇し、年金生活者にとってタイの物価はもはや「安い」と言えなくなっています。またコロナ禍で一時帰国した長期滞在日本人の一部が日本回帰する動きもありました。一方でタイの経済規模拡大に伴い、現地主導でビジネスが回る分野が増え「日本人不要論」も台頭しつつあるとの指摘もあります。こうした中、日本人退職者向けには近年マレーシアやベトナムなど競合国も魅力的な選択肢となっており、タイは従来の「日本人の悠々自適移住先」という地位を維持するための戦略転換期にあります。
各ディベロッパー・行政の対応策
外国人投資家・移住者の呼び込みに向け、タイの民間・行政は複数の施策を講じています。まず不動産ディベロッパー各社は、中国人顧客の安全不安を払拭すべく物件のセキュリティ体制を強化したり、タイ警察当局と連携して治安対策情報を発信するなど信頼回復に努めています。また、中国人向けに高級戸建てをリースホールド(借地権)で販売する新商品を投入したり、現地エージェントを通じたきめ細かな営業で富裕層ファミリー層の需要を掘り起こそうとしています。一方タイ政府も政策面で積極的です。2022年には「長期滞在(LTR)ビザ」制度を創設し、一定額以上の投資家や富裕層、リモートワーカー等に最長10年の在留資格を付与して優良な外国人定住者を誘致し始めました。2023~2024年にかけてこのLTRビザ要件を一部緩和し、並行して旧来のスマートビザ制度を整理統合するなど利用促進を図っています(例えば資産要件の引き下げ等)。さらに一時期議論となった「外国人による土地購入解禁(一定金額以上の投資者に1ライの土地所有を認める案)」は国内世論の反発で見送りましたが、代替策として経済特区内での長期租借権付与など間接的な不動産取得機会の拡充が検討されています。こうした施策の結果、東南アジア諸国や台湾からの中間層投資がタイ不動産市場に新風を吹き込み始めており、タイ当局は引き続き投資環境の整備とイメージ向上に努める方針です。日本人に対しても、上述の観光誘致策に加え現地就職・起業支援や医療ツーリズム推進などを通じた「タイで暮らすメリット」の発信に注力しています。タイは今なお「微笑みの国」として多くの外国人を惹きつけていますが、その魅力を持続させるため官民挙げた取り組みが続けられています。
参考文献・URL
- reuters.com
- macrotrends.net
- nesdc.go.th
- bangkokpost.com
- nationthailand.com
- roadgenius.com
- en.wikipedia.org
- globalpropertyguide.com
- zagdim.com
- mofa.go.jp
- rfa.org
- applemint.tech