2024年にタイ国内で注目を集めた主要ニュース
パエトンタン新政権の発足とスレッタ政権の崩壊
2023年の総選挙を経て成立したスレッタ・タウィーシン首相の政権が、わずか約1年で幕を閉じました。2024年8月14日、憲法裁判所がスレッタ首相の倫理規定違反を認定し職を失う事態となり、2日後の8月16日にタクシン元首相の娘で与党プアタイ党実権者のパエトンタン・シナワトラ氏がタイ初の親子二代で首相に選出されました。スレッタ政権では目玉政策の「デジタル財布(デジタルマネー給付)」実現が難航するなど課題が山積し、新政権は国内経済の立て直しや政権安定に向けて舵取りを迫られました。
タクシン元首相、15年ぶり帰国から異例の早期釈放
海外逃亡生活を経て2023年8月に電撃帰国したタクシン元首相が、収監から半年後の2024年2月に仮釈放されました。タクシン氏は2006年のクーデター後に国外逃亡して以来約15年間不在でしたが、王室の恩赦により刑期は8年から1年へと大幅減刑され、健康上の理由で収監中も病院で過ごしていました。政界に強い影響力を持つタクシン氏の異例の早期釈放には優遇批判も根強く、タイ社会では「二重基準」との批判や司法の公平性を問う声が上がりました。釈放後、タクシン氏の政治的動向が今後のタイ政局に影響を及ぼす可能性が注目されています。
「デジタル財布」給付政策、巨額財源問題で延期
プアタイ党が総選挙で公約した一人当たり1万バーツの電子マネー給付(デジタル財布)政策は、当初予定していた2024年2月からの実施が見送られ、年度内実現が不透明となりました。1月19日、スレッタ首相はこの約143億ドル規模の経済刺激策について「実施に向け前進するが開始時期は遅れる可能性がある」と述べ、当面延期する考えを示しました。同政策は5,000億バーツ超ともされる財源の確保方法に懸念が集中し、一部専門家から「財政的に無謀」と批判されてきました。新政権下でも効果や財政負担を巡る議論が続き、国民への大規模給付策は慎重な見直しに入っています。
日当最低賃金、来年400バーツに引き上げ決定
労働者の最低賃金引き上げが進みました。2024年11月、ピパット労相は「新年の贈り物」として、2024年中に日当最低賃金を一律400バーツ(約1,300円)に引き上げる方針を発表しました。タイの最低賃金は地域によって日額330~370バーツでしたが、10月予定だった引き上げが先送りされていた経緯があり、労使政府の協議を経て年明けからの実施で合意されました。400バーツは与党プアタイ党が公約した水準で、さらに2027年までに600バーツへの漸増も目指す方針です。人件費上昇への企業側の対応が課題となる一方、労働者の購買力向上や所得改善への期待が寄せられています。
観光ビザ免除を93か国に拡大し滞在期間も延長
観光立国タイはコロナ後の旅行需要喚起策として、ビザ免除対象国の大幅拡大に踏み切りました。2024年5月28日の閣議決定に基づき、翌29日より米英日など従来の57か国に加え中国・インドなど6か国を含む計93か国の渡航者に対し最大60日間のビザなし滞在を認める措置が実施されました。従来30日だったビザ免除滞在許可は60日間に延長され、インドやカザフスタンなど13か国も30日から60日に延長されました。さらに17か国が新たに到着時ビザ(VOA)対象となり、いずれも60日まで滞在可能です 。政府は水際での入国管理や治安維持に万全を期すとし、このビザ緩和策が観光客誘致と観光業の回復に寄与すると期待を表明しました。
インバウンドが年間3,500万人超に回復
2024年の外国人観光客数はコロナ禍前に迫る約3,532万人に達し、タイ観光業が力強い回復を示しました。観光スポーツ省によると、2024年1月1日から12月29日までにタイを訪れた外国人は延べ3,532万人に上り、観光収入は約1兆6,600億バーツに達しました。国別では中国が約670万人で最多となり、次いでマレーシア493万人、インド212万人 stratégique、韓国186万人、ロシア172万人と続きました。政府は年初に目標として掲げた年間目標3,500万人を上回ったと発表し、航空路線の再開や査証緩和策が奏功したと分析しています。一方で、中東情勢の不安や世界経済減速の影響で目標収入には届かず、旅行者の消費拡大や地方分散など質の向上が今後の課題とされています。
チェンマイの大気汚染が世界最悪に-煙霧公害が深刻化
乾季にあたる2024年初頭、タイ北部チェンマイの大気汚染が危機的水準に達し、国内外の注目を集めました。3月から4月にかけて野焼きや山火事による煙霧(ヘイズ)が蔓延し、チェンマイ市は幾度も世界の主要都市の中で最悪の大気汚染指数を記録しました。特に3月中旬にはPM2.5濃度が急上昇し、市内が煙霧に包まれて視界不良となる日が続出。3月15日には地上観測で健康被害が懸念される粒子状物質濃度を観測し、NASAの衛星画像でも煙に覆われたチェンマイ周辺の様子が確認されています。当局は焼畑農業や周辺国から流入する煙霧への対策を強化しましたが、住民からは健康被害への不安や政府対応への不満の声が上がり、恒久的な大気汚染対策の必要性が改めて浮き彫りとなりました。
南部で記録的豪雨、数十年ぶりの大洪水
2024年終盤、タイ南部は記録的な豪雨に見舞われ、大規模な洪水災害が発生しました。11月末、タイ 南部および隣国マレーシア北部でここ数十年で最悪規模の洪水となり、少なくとも死者12人以上、タイ側で約53万世帯が被災しました。ソンクラー県チャナ郡では「50年ぶり」の深刻な浸水被害が報告され、住宅が濁流に浸かる様子が映像で伝えられました。また深南部ヤラー県サテーンノック地区では救助隊が孤立した住民をトラックで救出し、乳児が屋根から救出されるなどの状況も伝えられました。タイ気象局は南部でさらなる豪雨の恐れを警告し、当局は被災者の避難と救援に全力を挙げました。被災地では一時数万人規模の住民が避難を強いられ、インフラ復旧と被災者支援が緊急課題となりました。
修学旅行バスが炎上、児童含む23人死亡
バンコク近郊で痛ましい事故が発生しました。10月1日、小学生らを乗せた二階建てバスが高速道路で横転・炎上し、子ども20人と教師3人の計23人が死亡する大惨事となりました。このバスはウタイタニー県の小学校の修学旅行中で、生徒や引率教員ら44人が乗車していましたが、タイヤのパンクによる火花が燃料に引火した可能性が指摘されています。現場では黒煙を上げて燃え上がるバスから逃げようと窓から脱出する子供たちの姿も目撃されました。車両は天然ガス(NGV)燃料を使用しており、警察は整備不良や運行会社の安全管理に過失がなかったか調査を開始しました。この事故を受け、パエトンタン首相は「母親として深い哀悼の意」を表明し、政府はスクールバスの安全基準強化に乗り出す考えを示しました。
タイ南部リゾートで外国人DJ殺害事件
観光地である南部のパンガン島で外国人同士の殺人事件が発生し、社会の関心を集めました。2月23日、モロッコ国籍の男(37)がオーストリア人DJの友人男性(42)を殺害した容疑で逮捕され、自供しました。被害者のマックス・ハートルさんはパンガン島在住の人気DJで、遺体は丘陵地帯の道路脇で発見され、頭部に激しい外傷がありました。犯人の男は被害者と事件当日一緒に飲酒しており、口論から車載の鉄の棒で殴打したと供述しています。観光地で起きた凄惨な事件にタイ国内外のメディアも注目し、地元警察は証拠固めを進め殺人罪で起訴する方針です。被害者は7年間島に暮らし音楽活動をしていた人物で、パンガン島コミュニティにも衝撃が広がりました。
プー・プラ・ バート史跡公園、ユネスコ世界遺産に登録
タイ東北部ウドンタニー県にあるプー・プラ・バート史跡公園が、新たにユネスコ世界文化遺産に登録されました。2024年7月の世界遺産委員会で正式決定したもので、ドヴァラヴァティー時代の古代文明の洞察を提供する点が評価されました。ウドンタニー県では1992年登録のバンチエン遺跡に続く2件目の世界遺産となり、奇岩群や先史時代の洞窟壁画など独特の景観と文化遺産が国内外から注目を集めています。同公園には青銅器時代から人々が居住した証拠である岩陰の壁画群が残り、7世紀頃以降の仏教伝来に伴う「シーマー石」と呼ばれる境界石も多数点在しています。これら遺構は東北タイの文化的特色を示すものとして評価され、登録決定後は観光客も増加傾向にあります。タイ政府観光局は新たな世界遺産を東北部観光振興の目玉と位置付け、周辺環境の整備と持続可能な観光活用に取り組んでいます。
世界的音楽フェス「サマーソニック」、タイで初開催
日本発の大型音楽フェスティバル「サマーソニック」が、2024年にタイで初めて開催されました。2024年3月の政府発表によると、タイは東南アジアで初めてサマーソニックを誘致し、同年8月にバンコク近郊で開催することが決定。8月24~25日にノンタブリー県のインパクト・ムアントーンターニーで開催された「サマーソニック・バンコク2024」は、日本国外では史上2か所目の開催地となり、日本や欧米から人気アーティストが多数参加しました。政府報道官は「タイを世界的なフェスティバルのハブと位置付け、観光と創造経済を促進する戦略の一環」と述べており、2026年にはベルギー発祥の電子音楽の祭典「トゥモローランド」をタイで開催予定bjectであることも発表されています。サマーソニック開催は東南アジアの音楽ファンを熱狂させ、タイが国際エンターテインメントの舞台として存在感を強めた出来事となりました。
パリ五輪でタイ選手が歴史的快挙 – バドミントン初メダルと連覇達成
パリで開催された2024年夏季オリンピックで、タイの選手たちがスポーツ史に残る快挙を成し遂げました。男子バドミントンシングルスではクンラブット・ビチットサーン選手(23)が決勝に進出し、タイ史上初の五輪バドミントン競技メダルとなる銀メダルを獲得しました。クンラブット選手は準決勝で世界ランク7位の強敵をストレートで破る健闘を見せ、決勝でデンマークのアクセルセン選手に敗れたものの銀メダルを手にしました。タイではこれまで五輪のバドミントン種目でメダルがなく、この銀メダルは国民的な誇りとなりました。さらに、女子テコンドー49kg級では「テニス」ことパニパック・ウォンパタナキット選手(27)が東京大会に続き2大会連続の金メダルに輝きました。パニパック選手は決勝で中国の郭清選手を下し、自身の誕生日に合わせて金メダルを獲得。オリンピックのテコンドー競技で2連覇を達成したのはタイ史上初であり、同時にタイ人選手として初めて五輪金メダルを2個獲得する快挙ともなりました。この他にもタイ代表は重量挙げで銀・銅各1個、ボクシングで銅1個を獲得し、パリ大会では金1・銀2・銅2の計5個のメダルを獲得しています。タイの選手団の活躍は国内に大きな喜びをもたらし、政府や国民から祝福の声が寄せられました。
まとめ
【政治の動き】
2024年のタイ政治は大きく揺れ動きました。革新系政党である前進党(Move Forward Party)が王室関連法の改正を推進したとして解散を命じられ、党幹部は10年間の政治活動禁止処分を受けました(ネーション・タイランド)。また、スレッター・タウィーシン(Srettha Thavisin)首相が汚職疑惑により失職し、後任としてペートンタン・シナワット(Paetongtarn Shinawatra)が新たに首相に就任しました。さらに、国外逃亡していたタクシン・シナワット(Thaksin Shinawatra)元首相が帰国し、仮釈放されたことも国内外で大きな話題となり、その政治的影響力の再拡大が議論を呼びました。
【社会の進歩】
2024年9月14日に同性婚法案(Marriage Equality Bill)が王立官報で公布され、2025年1月22日から施行されることとなりました。タイはこれにより、アジアで3番目に同性婚を合法化した国となり、LGBTQ+の権利拡大として国内外から高く評価されました(バンコク・ポスト)。一方で、王室侮辱罪で拘留中だった人権活動家ネティポーン・サネサンコム(Netiporn “Bung” Sanesangkhom)氏が抗議のハンガーストライキ中に心臓発作で死亡した事件は、タイの人権状況に対する国際的な注目を高めました(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)。
【経済の状況】
経済面では、2024年のGDP成長率が2.5%と低迷しました(日本経済新聞)。特に製造業の不振が顕著で、自動車販売台数は前年同月比29.8%減を記録し、業界に打撃を与えました(グローバル・マーケティング・ラボ)。しかし、観光業は徐々に回復し、2025年中頃までには新型コロナ以前の水準に戻るとの予測も出ています(Digima-Japan)。さらに、政府のデジタルウォレット政策(電子財布給付)が2024年後半に実施予定であり、個人消費の刺激策として期待されています。
【文化と社会のトピックス】
文化面では、タイ映画の国際的成功が目立ちました。映画『おばあちゃんが死ぬ前に億万長者になる方法(How To Make Millions Before Grandma Dies)』(パット・ブンニティパット監督)がアカデミー賞の国際長編映画部門にノミネートされるなど、世界的に注目を浴びました(IMDB、Variety)。音楽では、タイ出身のK-POPアイドル、リサ(LISA、BLACKPINK)がSpotify Wrapped Live Thailand 2024で最も人気のアーティストとなり、『ロックスター(Rockstar)』や『ニューウーマン(New Woman)』がヒットしました(ザ・スタンダード、タイムズ・オブ・インディア)。また、カオキアオ動物園(Khao Kheow Open Zoo)のピグミーヒポポタムス「ムーデン(Moo Deng)」が爆発的な人気を博し、LINEスタンプや仮想通貨まで登場する社会現象となりました。
【総括と今後の展望】
2024年のタイは、政治的な変動(前進党の解散、新首相の交代、タクシン氏の帰国)、社会的進歩(同性婚の合法化)、経済的な課題(GDPの伸び悩み、自動車産業の低迷)、文化面の成功(映画の国際的評価、人気アイドルの活躍)など、多岐にわたる話題が社会を大きく動かしました。これらの出来事はタイ社会の多様性と複雑性を反映しており、国内外で広く議論されました。2025年以降、こうした出来事がどのように展開し、タイの政治、経済、社会に影響を与えるか、引き続き注目が必要です。
これらのニュースを振り返り、タイ社会が抱える課題と可能性の両方を感じました。特に政治的な変動や社会的な進歩が印象深く、多様な価値観の対立や融合が今後のタイの発展にどのように影響するのか、関心を持って見守っていきたいと思います。経済面では課題が多いものの、観光業を中心とした回復が希望を感じさせます。文化面でのタイの国際的な活躍は、タイが持つソフトパワーの強みを改めて認識させられるものでした。今後もタイの動向を注視し、その変化を正確に伝えていきたいと考えています。
参考文献・URL
- bangkokpost.com
- reuters.com
- nationthailand.com
- earthobservatory.nasa.gov
- sinardaily.my